11月21日
急行アルプスにて離京。雪は少ないらしいが、よく分からない方が面白そうだということで特に問い合わせもせず、眠れない夜行列車。
11月22日
急行アルプスは一晩中明るかった。よく眠るヒロボンを横目に俺は一睡も出来ず信濃大町に着いた。しばらく待合室のストーブに当たりながらコンビニの朝飯を胃に落とし込む。ちらほらいるほかの登山者たちはみな立山方面のようだ。一人鹿島に行く人がいたがその人は扇沢から行くらしい。やっぱり雪はとても少ないのだろう。
少し落ち着いたころ、タクシーに乗り込み、鹿島山荘へ向かう。鹿島山荘では、朝も早いのにおばちゃんからお茶や野沢菜をごちそうになる。一週間ほど前に雪が降ったきり、後は融けるばかりで、見上げる限り雪はほとんどない。「冬の偵察か?」と訊かれ答えに窮してしまったが、力無く「本番です」と答えると、藪こぎになるのに物好きだなあと言われてしまった。
さっそく支度をして尾根に取り付く。全く雪はなく落ち葉の降り積もる斜面の踏みあとを辿り行く。すぐに秋晴れのもと汗ばんでくる。
東尾根には夏道はなく、もう20年も刈り払いが入っていないので、かすかな踏みあとしか無く藪がうっとうしい。それでもジャンクションピークまでは、あまり濃くはなく、藪を漕ぎ慣れた僕には夏の名残のようで苦痛と言うほどではない。しかしヒロボンはほとんどいわゆる藪こぎをしたことがないため、藪の間をすり抜けるのにずいぶん苦労していた。
ジャンクションピークを越えると藪は濃さを増した。さらに、それまではうっすら踏む程度だった雪が足下をすくい滑りやすくなった。植生もそれまでの高木と笹中心から針葉樹の低木が中心となり、ペースも一気に落ちてしまった。
しかし、なんとかずりずりと高度を上げてもうすぐP3というころ、それは起きた。P3まで後ひと登り、というところで一度休憩を取り、再出発しようとしたとき、ヒロボンのピッケルがなくなっていたのだ。ザックの後ろにつけておいたのだが、おそらく藪に払われてしまったのだろう。不可解なのはピッケルを止めていたストラップがどれも弛んでいなかったことなのだが、いくら理論的にあり得ないと言ったところで、ないものが返ってくるわけではない。
仕方がないので、時間を見つつ探しに戻ることにする。僕が上部に天場の偵察に、ヒロボンは下にピッケルを探しに行く。30分ほど下って探したが、結局見つからず、とりあえずP3先にテントを張り、明日以降の行動を考えることにした。
11月23日
結局朝2時間ヒロボンにピッケルを探しに行かせたが見つからなかった。当初は赤岩尾根下山の予定だったが、ピッケル無しでは主稜線はきついと思い、今日種池山荘に行き、僕一人で鹿島槍にアタック、後扇沢に下山することにした。
東尾根の藪はここから先も容赦はなかった。P2への急な登りからはラッセルも膝程度までになり、全くと言っていいほど進まない。P2先のナイフリッジは雪のリッジではなく、藪のリッジに不安的に雪がついているだけなので、違った意味での怖さがある。
這松藪こぎ+ラッセルをすること4時間でようやく矢沢の頭に辿り着いた。矢沢の頭から爺ヶ岳の方を見るとここまでよりはだいぶ雪が多いようでほっとした。しかし胸をなで下ろしたのも束の間、今度はよく発達したゴジラ落としが待ちかまえていた。まるで残雪期のような状態である。
今日もよく晴れて上がっている。北アの藪尾根にとりつくは我々のみである。しかしP3あたりから実はひとつのトレースが付いていた。足形はずいぶん小さくなっていてビブラムのパターンも見えないのでだいぶ古いものなのだろう。それは巧みに藪の弱点を突いていたので、我々もずいぶん参考にした。しかし、先行者はよほど藪が好きなのか、かなり狭いすき間でも藪を巻くことなく突っ込んでいた。
そして、矢沢の頭を越えたころ、初めて少しクラストした雪にぶつかり、謎が解けた。幅の広い手のひらにきれいに並んだ鋭い4つの爪、それは熊さんのトレースだったのだ。我々は初冬期の冬山雪山に来たつもりだったのだが、まだ熊さんは冬眠前だったというわけだ。
さて、爺ヶ岳への最後の登りであるが、やはり灌木低針葉樹の藪こぎに加え、最深腿までのラッセルも加わり、亀足となる。最後の這松帯を抜けてようやく爺ヶ岳中央峰に着いたのは日も傾きかけた4時だった。
沈んでいく陽が剱岳の裏で微妙な光線をもたらし、幻想的な風景である。それをバックにヒロボンの念願、年賀状用の写真を撮影する。
種池山荘の手前まで下り、暗くなりゆく中、テントを設営した。東尾根では全く人に会わなかったが、ここまで下ると結構人はいるものでいくつかテントも見えた。
11月24日
朝起きると今日も快晴。天気に関しては全く心配のいらない山行である。さっさと支度をして鹿島槍へのアタックに出かける。ろくに地図も見ず、適当に2時間くらいか、とか話をして、行き3時間返り3時間で12時に帰るというリミットを設定する。いかに我々がこの山域に詳しくないかを露呈しているわけである。
微風快晴の中雪道を快調に飛ばす。雪が浅いところも夏道があるので、藪こぎなどはいっさいなく早く進める。朝日に山は赤く燃える。どこか病的でさえある。しかしきれいだ。病的なものに美しさを感じるのだろうか。
鹿島槍は遠かった。結局全速力でほとんど休みも無しで飛ばして3時間もかかってしまった。息も切れ切れになりながら、ひととおり景色を眺める。牛首尾根を挟んでの剱岳、そして北方稜線がスカイラインをきれいに縁取っている。その上には日本海。山名同定をやっていれば飽きないが、時間もないのでそうそうに引き上げることにする。
結局帰りも飛ばし、リミット前には帰ることが出来たが、テントで待つヒロボンはエアリアを見ながら、リミット通りだと辿り着かないのではないかと心配したらしい。もうちょっと慎重に色々考えるべきだった。
この6時間弱のアタックが非常に堪えたので、お茶を湧かしたりゆっくりのんびり火にあぶられてから下りはじめる。下りは雪が少ないため柏原新道をトレースに従って下る。沢を渡るところでは少し落石などで緊張したが、さくさく下れた。南尾根への分岐点に着く頃から全く雪を踏まなくなった。
今回は季節はずれな山行で、雪山縦走を前に藪を漕がされたりしたが、その分他の人が入っておらず、自分たちの山行が出来たような気がする。さらに藪こぎには相当苦労させられたので、思いの外妙な充実感があった山行だった。別に「偵察」なんかでなくともこういうことをしてもいいものだ。